世間に知られた“種本”は、利用価値があまりない。高名な作品であるが、世間にあまり知られていない作品こそ、“種本”としての価値が高い。作品作りの際に、色々と摘み食いができるからだ。かの有名な「ロミオとジュリエット」は、マッテオ・バンデッロというイタリア人の作品「ロメオとジュリエッタ」が種本になっている。前者は、バンデッロの作品をシェークスピアが劇的なドラマ風にカバーしたもの。まさに、知られざる“種本”をフルに活用し、後世に名を残している。
 20世紀が終わる頃、イギリスの大手新聞社が“20世紀最高の書物はなに?”というアンケートを取った結果、一位に輝いたのは1937年に発刊されたジョン・R・R・トールキンの「指輪物語」。時を同じくして、米国の書籍協会でも“歴史上の書物で最も素晴らしいものは?”というアンケートを行ったが、結果は同じ。
約60年前に創られたこの作品は、後世の小説、TRPG(テーブルRPG)、漫画、ゲーム等々、ファンタジーと呼ばれる作品の“種本”となっている。米国の「D&D」、「Might and Magic」、「WIZARDRY」、「Ultima」等、日本でも「ドラゴンクエスト」、「ロードス島戦記」なども全て「指輪物語」がベースになっている。
たとえば・・・
@なぜか、舞台設定が中世ヨーロッパ風
A悪玉がいて世界征服を企んでいる
B石、指輪、クリスタル、剣などがキーワード
Cなぜか、主人公が“勇者”として旅に出る
D人間以外の種族がいる
Eエルフは心優しく長命。ドワーフは木こりで短身、心優しい力持ちという設定
Fなぜか、魔法が使えちゃう
このあたりは、「指輪物語」から続くファンタジーのお約束。だいたい、どれかが当てはまるでしょ? 多くの作品が、この舞台設定やキャスティングをちょっとづつ摘み食いしながら作り上げられているわけ。
 欧米じゃ、「指輪物語」はメジャーな作品。こんなことは皆、知っている。逆に、「指輪物語」を投影しながら、後世のファンタジー作品を楽しんでいるフシがある。基準はあくまで「指輪物語」。一方、日本の場合は、今まで「指輪物語」は一般的ではなかった。特に若いファンでは知る人が少ないはずだ。まさに知る人ぞ知る作品だった。このように見る側にも基準が無いもんだから、「ドラゴンクエスト」なんかは、そりゃ新鮮かつ衝撃的だった。そう、まさに目の前で手品を見せられているような・・・。しかし、これらの“種本”が、日本で広く知られることとなったしまった今、従来のファンタジーの基準は「指輪物語」に移行するだろう。「あぁ、これが基になっているのね」という感じで。
タネの明かされた手品ほどつまらないものはない。目が肥えた読者はもう手品の新鮮さや衝撃を感じることはないだろう。中途半端なファンタジーにはもう振り向かなくなる。ならば、「指輪物語」の世界観をぶっ壊すぐらいの作品を作り出せば良いんだけど。とはいえ、日本のファンタジー作家の心境は「余計なことしやがって!」じゃないかな・・・。(紀)

●写真:映画『ロード・オブ・ザ・リング』公式ページ
http://www.lord-of-the-ring.com/